超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

大五郎さんとチュールと壊れかけの人間。

大五郎さんとチュールと壊れかけの人間。


今日も朝から色々あって、正直なところ気分は沈み気味だ。飼い猫の大五郎さんが頭を引っ掻いてしまうので抗炎症剤をもらっているんだけど、副作用で糖尿病のリスクがあると言われている。ここ数日は、なんとなく元気がないように見えて心配だ。仕事や筋トレの予定はあるけれど、どうにも「それどころじゃないな」という気分になる。


こういう時に一番大事なのは、余計に焦らず落ち着くことだと思う。けれど目の前に体調の悪そうな猫がいたら、冷静に「思考停止する」なんてことはできやしない。母親も病院からそろそろ退院の手続きをする段階で、体がちゃんと動くかどうかもまだ不透明だ。家のことも、家族のことも、見事にズタボロな状況で、正直「どっちに走ればいいのかさっぱりわからん」というのが本音だ。


それでも、できることは限られている。大五郎さんの様子を仕事終わりに早く帰って見るとか、病院に電話して相談するとか、それくらいしかない。逆に言えば、それ以上のことを頭でこねくり回しても意味はない。自分がどうにかできる範囲と、どうにもならない範囲。その線引きを冷静にするのが、結局一番現実的なんだろう。エピクテトスの「圏内と圏外」の話とか、ニーバーの祈りを思い出すのも、こういう時にはちょうどいい。


もちろん「ピンチはチャンス」なんて簡単に言える状況じゃないけれど、それでも逆境に鍛えられてきた実感はある。過去にも苦しい局面は何度もあったけど、諦めなければ物事はなるようになると知っている。問題は、今「もうダメだ」と思考が落ちてしまうと、状況がさらに悪化していくことだ。だからこそ「なんとかなる」と信じて、自分のベストを尽くすしかない。


最近のブログを読み返しても「状況がまずい」という言葉ばかり並んでいて、精神的に追い込まれているのは否定できない。でも、不安に押し潰されて考え込んでばかりいても仕方ない。頭でシミュレーションするよりも、実際に動いてみる。行動して状況を確かめながら、その都度修正していくしかないんだ。


考えても仕方ないことを繰り返し考えて「もうダメだ」と叫ぶのは、自分で自分を追い詰めるだけだ。むしろ、これまで築いてきたもの——家族や親族、妹、福祉関係のつながり——そういう助けてくれる人たちがいるのだから、そこに頼れるのは幸いだと思う。自分は恵まれている方かもしれない。


結局のところ、時間の経過とともに状況は変わっていく。だからこそ、その中で「自分が尽くせるベストは何か」を考え、行動することが一番大事だ。不安に思考を支配されると、現実の見え方まで真っ黒になってしまう。逆に気分を少し整えるだけで、同じ現実も違った景色に見えることがある。


「思考は現実化する」という言葉があるけれど、実際には気分の持ち方次第で世界の見え方は変わる。現実そのものは変わらなくても、自分がどう受け止めるかでだいぶ違う。だから、今はただ焦らず、できることをやっていくしかない。なるようにしかならないけど、なるようにするために、自分のベストを尽くすのだ。


P.S.


体調が悪いので仕事を早退して帰ってきて、大五郎さんを見ると膝の上に乗っかってきてチュールを要求するのである。全然元気。おにーさんは半分死にかけており、気分がどうこう以前にもう体力がムリ。夕方はずっと眠っていた。なんかもう、明日も母親の病院で退院の打ち合わせためで半休であり、明日も半分死んでる予定である。

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