超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

実際に不老不死になる方法を考えた。

実際に不老不死になる方法を考えた。


今日は午前中に母親を病院受診をさせないとならないために、午前中は半休を取っている。この記事はその時にスマホで書かれた記事である。


ほんと、ま、記事はストックして書くようにする習慣を身につけないとならないなと思う。今回の病院受診は前もって予約されていた事であるが、いつ何時緊急事態でブログを書けなくなるか分からない。


時間に追いかけ回されてる生活であるし、ブログの記事については、書ける時に記事をストックしておいて、それを予約投稿を活用するようなスタイルに変更していきたいなと思う所である。


しかし、それだと僕のブログは日記も兼ねているので、リアルタイム性というのが抜けてしまうけど、それは別に書いている日報で埋めてしまえば良いだろう。ソーシャルでは書けない事はそっちに書いてるであるし、必ずしも生活の全てをネットで共有しないとならない訳ではない。


僕の生活の半分はオンラインに魂を置いてきてる状態なのであるが、一体これが本当に褒められた事なのかは分からない。僕はわりかし会社と自宅の往復ばかりで、会社でも孤立しており孤独なはずなのであるが、別にそれで苦しいとは感じない。


それってブログでの人間関係の繋がりが出来てるお陰だろうなと思う。ブログで毎日益体もない馬鹿話をして、そして他の人のいろんな生活を知る事は、僕に取ってはものすごく孤独を癒す役割を果たしている。


インターネットが生み出された事で、人間のコミュニティの形というのは大きく変わっただろうなと思う。今までは、家庭であるとか地域コミュニティで村八分にされていると、それが生存の危機につながるぐらいに個人というのは脆弱だった。でも、今はインターネットのコミュニティもある。


おそらく人類の自我という部分に大きな変化が起きてるんだろうな。個人のアイデンティティというのは、今までは地域とか国家に紐付けられていたものが、それがインターネットにより人類全体ぐらいまで拡張されてしまった。


テクノロジーの進歩を見ていると、素晴らしいと思うと共に空恐ろしくもなる。僕が子供の頃は、ニュースもそこまでリアルタイムでは伝播していかなかった。阪神大震災の時も、地震が発生して数日後ぐらいに被害甚大という事がTVで報道される程度だった。


2025年の現代においては、どんな些細なニュースであれど、それがリアルタイムで全世界に広がっていく。世界というのがフラットになり、それぞれの地域性であるとか国民性が溶けてゆく。これって良いのか悪いのか、僕は判断がつかない。


いずれにせよ、人類の情報伝達技術は不可逆であり、インターネットがなかった時代には戻りようがないだろう。しかも最近はAIが簡易的な思考の代弁のような事を始め、下手をすると数年内でAGIで機械が人格を持ち始める。そういう時代において、人間のコミュニティであるとかアイデンティティの部分がどう変わるのかというのは、興味深くも空恐ろしい。


僕はインターネットが世に出てきた時代ぐらいの世代であるけど、インターネットネイティブの世代の認識というのはまた違うものであるなと思う。彼らにとっては、SNSのソーシャルというのはリアルのオルタナティブではなくて、リアルと同価値ぐらいに生活に馴染んでいる。


これに現代はAIによる革命がリアルタイムで起きている。今は流石に人間とAIの区別はつく状態だけど、これがさらに技術が進歩していくと、オンラインにおいては人間とAIの区別がなくなる事も考えられる。


SFめいた発想ではあるが、AI世代の子供たちは、めんどくさい軋轢がある人間とのコミュニケーションを避けて、AIだけとしかコミュニケーションを取らない人たちも出てくるかもしれない。


ここんところは僕以外にも予見してる人がいるらしくて、僕は未視聴であるけど「her」という映画があるらしい。その中ではAIに恋心を抱く男性が出てくるらしいが、まぁ現代のテクノロジーの進展を見てるといずれはそうなると思わせる事である。


例えば、僕はこうして毎日手書きでブログをちまちまと書いてるであるけど、もし、これが僕の文体を完璧に真似るAIが出てくるとどうなるか? 僕は苦労せずともブログ更新出来るようになるのだが、多分、それは副次的だ。


AIは必要なコンピュータリソースさえ与えてやれば、無限にいつまでも文章を紡ぎ続ける。僕がブログに飽きてほっぽり出したとしてもAIは僕のブログを毎日更新し続けるし、僕が死んだ後でもブログは続いていく。


これはある種の不老不死であると思う。リアルでの肉体は滅んだとしても、オンラインの人格はAIにより保存されて、永遠に続いていく。彷徨えるオランダ人のようにオンラインを彷徨い続ける人格というのはなんなのか?


僕は暇になるとすぐにこういう事を考え始める。しかも、もしそういう事が出来るのであれば、実際にやっちゃいかねないぐらいには好奇心優先で後先考えない。そういうブログがあればオンラインの怪談の類いだよな。僕は面白いと感じるけど、多分、倫理観とかで見て随分とアレ。危険思想の部類だよな。

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