超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

ネットで幅広くウケることを書くのをやめた。

ネットで幅広くウケることを書くのをやめた。


さて、土曜日の休みであるが晩飯も食い終わったことであるし、ちまちまとブログを書いていく。


今日は午前中は食材諸々の買い出しに出掛けていた。僕は大体、二週間にいっぺんほど食材の買い出しに出かけるが今日はその日だったのである。自分の食べる食材と、大五郎の猫砂と餌を購入。


それから帰ってきたら諸々の家事を済ませたのち、ニュースレターを書いた。ニュースレターで書くことについてはいつも悩むのであるが、大体、最近の私的な出来事と一週間の時事ニュースで気になったニュースに対してコラムを書く。


下手に党派性のある文章を書くのはすごく気になる。特に、最近だとポピュリズムの広がりによる社会の分断が日本にも影響してると思われ、政治的なことを書くとどこで刺されるのかというのは戦々恐々としながらニュースレターの文章は書いている。


まぁ、そこまで恐れるものでもないのかもしれない。万人に好かれる文章というのは、誰にも書けるものではない。むしろネットを見ていると、自称中立がどこにもポジションを持たずにいろんなものを攻撃してるのもよく見かけるものだ。


最近は、刺さる文章を書かないように気をつけている。僕は気をつけないと下手にとんがった文章を書いてしまいがちなのであるが、それの無益さというのがわかる歳になってきた。


僕はSNSはすでに絶って2年ぐらいになるかもしれない。基本的に時事情報などはラジオやRSSリーダーで得るようにして、情報発信はブログとニュースレター以外やらないようにしている。


ブログでもGoogleアドセンスを外して投げ銭だけにしたが、おかげで心静かにブログを書けるようになった。どうも、僕の美的センスに照らしてもGoogleアドセンスで掲載されてる広告の下品さというのが耐え難くなっていた。そのほかにも僕はブラウザはPCではBraveを使い、スマホでも広告ブロックアプリを使っており、Web広告の類が出ないところで活動して、広告はほとんど見ないようにして生活している。


今の時代のネットというのは、費用やリソースを使わずにただネットを見ていると、SNSドーパミン依存症にされたりとか、不愉快な広告を罰ゲームのように見せつけられる時代になっている。


僕は意識的に情報発信のスタイルの変更を行なっているが、不特定多数の興味の薄い人の注意を引くために過激な言動をするよりは、僕を信頼して読んでくれる深く狭い領域の人たちに向けて文章を書くように気をつけている。


これは、現代の世の中を見ていてアテンションエコノミーフリーミアムモデルのWeb運営のスタイルというのは、遠からず飽和して行き詰まるなーと考えているからだ。今のSNSを見ていると、過激な言動をして多くの人を怒らせても謝らずにガンガン煽りまくるやつの方が人気が出て、下手に謝ると逆に潰される世の中である。


そうやって人の不愉快な感情を煽った方が多くの人がクリックする。また、過去のブログアフリエイトのビジネスでもそうだったけど、見てる人よりはGooglebotに媚びたSEO中心の記事を書いてる方がアクセス数が稼げた。


これ、僕から言わせてもらうと、美しくないし正しくもない。正面から正しい生き方をするのではなく、裏技的なやり方ばかりである。これはなんか子供っぽすぎて好きになれない。


僕的には短期的な利益よりは自分の信念に基づいた生き方をしたいし、自分が書いている文章でもそんなちょっと考えながら世の中を見たい人に向けて文章を書きたいのである。わざわざ自分をよく知りもしない人に向けてまで受けるように煽った文章を書くよりは、信頼してる人たちに向けて安定した文章を書きたい。


僕の人生のモットーにしていることは「優雅に生きることが最良の復讐である」である。別に荒れ狂ってる世の中にわざわざ目立つところで物申して注目を浴びる必要もない。怒らず、嘆かず、嘲笑せず、ただ理解する。そんな感じで世の中を理解して、わかる人たちに話を続けるのが僕の復讐だ。

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