超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

内向的な性格を受け入れることはできてるなと思う。

内向的な性格を受け入れることはできてるなと思う。


今日は沖縄は曇り空。台風が南の海上をぐるっと回って、どうもまたUターンしてくるらしい。ちょうど母親が病院から戻る予定の日と重なっていて、木曜あたりに直撃するかもしれない。もしそうなったら移動は完全に止まるだろうし、どうしたもんかと考えている。11月まで台風が来るのか。全く季節感はどうなってるのか? という感じである。


昨日は親戚の飲み会に顔を出した。会社の飲み会に比べるとまだマシではあるけど、飲み会は行ってみてもやっぱり合わない。酒を飲んでも全然おいしいと思わないし、体が受け付けなくなってきている。飲むと夜中に必ず目が覚めるし、翌日もうんざりして目をさます。「飲んで盛り上がる」みたいな空気はさっぱり理解できない。酒でテンションを上げて話すことに、どこか空虚さを感じる。自分は、せいぜい旅行先で少し飲むぐらいでちょうどいい。ほろ酔いくらいで気分がやわらぐ程度ならまだしも、酔っぱらって感情を大きくするようなのはまったく好みじゃない。


つくづく思うけど、自分はやっぱり内向的な人間なんだよな。人と会うよりも、家で本を読んでいたり、小説を書いていたりする時間のほうがずっと落ち着く。図書館で借りてきた本を一人でじっくり読む時間、それがいちばんの休息だ。人と話すのは嫌いじゃないけど、長く続くとエネルギーを消耗する。一日に数時間でも一人になれないと、だんだん心が摩耗してくる。誰かと会う時は「頑張って人に会う」っていう感覚で、その場の役割は果たせるけど、心の底から楽しめてるわけじゃない。終わったあとにどっと疲れる。だから、最近は無理してまで人付き合いを広げようとは思わないようにしてる。


昔はこの性格を直したいと思ってた。もっと外向的になって、社交的な人間になれたら楽なんじゃないかと。でも結局、それを続けるのはもっとしんどかった。外向的に振る舞おうとするほど、どんどん心が削られていった。だから今はもう、「自分は内向的でいい」と受け入れてる。人と違うことを恥じるより、自分の性質に合った生き方をすればいいだけの話だ。内向的な人間には、内向的なやり方で社会と関わる方法がちゃんとある。


むしろ、内向的な人は一度関係を築くと深くつながるタイプだと思う。広く浅くより、狭く深く。そういう人間関係のほうがずっと性に合う。自分もそうで、信頼できる少数の人とだけちゃんと話すほうが落ち着く。人に合わせて八方美人みたいに振る舞うのは無理だし、やる意味も感じない。社会ってのは結局、いろんな性格の人間が共存して成り立ってるもんで、どんなタイプでも必ずどこかに居場所がある。外向的な人が目立って得しているように見えるのは、ただそう見えるだけのことだ。


今の時代は、ネットがあるおかげで内向的な人でも活躍できる。SNSやブログ、あるいは個人開発のアプリでも、自分のペースで発信できる。人前に出なくても、自宅で黙々と作業して成果を出せる時代だ。昔みたいに「社交的じゃないと成功できない」なんてことはない。自分もこうやって文章を書いたり、創作したりして、それで少しでも誰かに届くなら、それで十分だと思う。


思えば学生の頃は、「こんな性格じゃ人生楽しめない」なんて思い詰めてたけど、今はそうでもない。むしろ、内向的であるおかげで集中力があるし、思考の深さで救われる場面も多い。外で騒ぐより、静かに考えるほうが性に合ってる。だから今はもう、人と比べてどうこうなんて思わない。人間としてやるべきことを淡々とやっていけば、それでいい。結局、自分が納得して生きられるかどうかがすべてなんだろうな。

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