
物事はやりたいと思った時にやるのが一番いい。
はい、おはようございます。最近はイラスト描いてるおかげで、介護の疲れみたいなものをうまく忘れられてるところがあるなと思う。iPadとか、新しいガジェットを買うっていうのは、生活の流れを一回ぶっ飛ばしてくれるというか、意識の切り替えにちょうどいいんだよね。
母親はいまのところ自分で食事も作るし、トイレも行けるし、動けはする。でも夜中に転倒したりする可能性があるから、完全に放っておくわけにもいかない。旅行は当面無理だし、片手が不自由だから何かと手伝う必要もある。家事全般はほぼ僕が回してる。そういう生活をしながら、創作やブログを書いている。
苦しいかと言われると、そうは思わない。孝行したい時に親はなしって言うけど、まあ、親が年をとったら面倒見るのは普通なんだろうと感じている。めんどくさいと思う瞬間はそりゃあるけど、別に仲良し親子ってわけでもないし、やるべきだからやっている。ただ、その中でも自分は小説を書いたり絵を描いたり、オタク方面の活動も続けている。いつまでできるかわからないけど、死ぬまで続けるつもりでいる。ただ、体が衰えたらそんなこと言ってらんないんだろうなという予感もある。
最近はまぁ、iPadを買って趣味のイラストをやってるので、それで生活苦のことを忘れられてるところはある。趣味はこういう時に頼るものなのだなという気がする。
精神疾患もあるし、メンタルが傷つきやすいのは自覚している。でもまあ、そういう状態のままなんとか生活を維持してるわけで、自分は“やむを得ずやってる”という感じと、“やらないと生きがいがない”という感覚の間くらいにいる。晴耕雨読で淡々と創作する生活を理想としているし、今の暮らしもそれなりにその線上にはある気がする。
最近思うのは、「年を取ったらこれをやろう」という考え方はだいたい意味がないということ。定年したら旅行しよう、勉強しよう、本を書こう、そういうのは結局やらない。やりたいと思った瞬間が最大のモチベーションだから、その時に準備してさっさと始めるのが一番いい。人間は、負担が少しでもあると先延ばしをする生き物だから、勢いがあるうちに動くのが合理的なんだよ。
運動したいと思ったらジムを契約して行く。創作したいなら道具を揃えて描く。時間がないとかお金がないとか、動き出すと案外どうにか都合がつく。結局はそれしかない。くどくどと頭だけで考えて最適のタイミングを図るのは無駄である。やりたい時がモチベーションが一番高い。結局は、そのタイミングで動いた方がうまくいきやすい。
もちろん、勢いだけで始めて三日坊主になることもある。でも三日坊主は悪いことじゃない。興味を持ったらすぐ試して、飽きたらやめて、次へ進む。それができる人は挑戦の回数が増える。自分は逆に習慣化は得意だが、新しいことを始めるまでのハードルが高い。いったん始めるとやめにくいので、その分だけ新規行動に踏み出しづらい。だからこそ「やりたいと思ったら即やる」を自戒として書いている。
なんだかんだ言って、やりたいなら飛び込むしかない。理由づけて後回しにするのは簡単だけど、結局それは一生やらないというだけの話なんだよね。