超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

Zettelkasten(ツェッテルカステン)って方法でメモを資産にする方法を考えてる。

Zettelkasten(ツェッテルカステン)って方法でメモを資産にする方法を考えてる。


はい、おはようございます。今日もブログ書いていくよ。最近はなんていうか、メモ術まわりのことを色々調べててさ、その中でも「Zettelkasten(ツェッテルカステン)」ってやつがちょっと気になってる。ドイツ発祥らしくて、一つひとつのメモを独立させて、リンクでつないで体系化していくみたいなやり方らしいんだよね。Obsidianユーザーの間でもよく話題に出てくるから、なんとなく面白そうだなと思って調べてるところ。


自分はずっとScrapboxを使ってメモを取ってきたんだよ。Scrapboxってリンクが勝手につながっていくから、ライフログとか雑多なアイデアを放り込むのには向いてる。でもどっちかっていうと「流れの中で書き散らす」感じでさ、ツェッテルカステンみたいに体系立てて整理していくって方向じゃなかったんだよね。だからこそ、今さらながら「こういうの取り入れてみるとどうなるんだろう」って興味が湧いてきてる。


まあ、この手の情報って今の時代はネットで検索すればだいたい出てくる。ChatGPTに聞けば一瞬でまとまった知識が手に入るし、本気で突っ込むなら本を買えばいい。でも最初から全部本に頼らなくてもいいわけで、とりあえずネットで得られる範囲で試してみようかなって感じなんだよ。


俺はとにかくメモを書きまくるタイプで、知識や思いつきをガンガン溜めてきたんだけど、正直言って整理は全然してない。インデックスを作るとかタグで仕分けるとか、そういうのはほぼやってない。だから「資産」として積み上がっているようで、実際には埋もれてるだけのメモが山のようにあるんだよな。もしツェッテルカステン的な方法でリンクを体系化できれば、古いメモが掘り返せて、使える知識に変わるんじゃないかって思ってる。


ただ、ライフハック界隈を見てていつも思うのは「道具は使うものであって、使われるもんじゃない」ってこと。よくあるじゃん、「絶対忘れない記憶術」とか「生産性を最大化する究極のメソッド」とか。ああいうのって最初はテンション上がるけど、だいたい一過性で終わっちゃう。だから結局は自分がやってみて楽に続けられるやり方を見つけるのが一番大事なんだと思う。


ツェッテルカステンにしても、原理原則をガチガチに守る必要はないんだよな。今までのやり方に応用として少しずつ取り入れるくらいでちょうどいい。無理やり全然違う方法に切り替えても、根性で続くもんじゃないし、人間って基本的に楽なほうに流れるもんだから。大事なのは「今ある習慣にチェーンみたいに新しい習慣をつなげていく」ことなんだよ。


俺の場合、ライフログをメモするのはもう完全に習慣化してて、何かあればすぐメモ帳やScrapboxに書き込んでる。スマホでもPCでも思いついた瞬間に打刻して残す。これはもう身体に染みついた習慣なんだよな。ただ問題は「振り返りができない」ってこと。記録はできても再利用はできてない。だからObsidianでリンクを張り直して体系化できれば、過去のメモが息を吹き返すんじゃないかと思ってる。


Scrapboxじゃできなかった「資産を使い直す」ってことができるなら、それはかなりありがたい。プログラマとしてのスキルをちょっと活かして、自動整理とか検索機能を工夫すれば、効率のいいメモ術を自分流に作れるかもしれないしな。それを創作やブログにうまくつなげられれば、メモがそのまま成果に変わる可能性だってある。


だから今は「Scrapboxで溜まったメモをどうObsidianに持っていくか」「リンクをどう再構成するか」をちょっとずつ試してみようと思ってる。大事なのは、習慣化してる「書く」って行為をベースにして、ツェッテルカステン的な考え方を少しずつ重ねていくこと。それが現実的で持続可能なやり方だろうなって思う。


結局メモ術ってさ、未来の自分をどう助けるかって話なんだよ。どれだけ記録しても掘り返せなきゃ意味がない。でも逆に、ほんのちょっと工夫するだけで過去の知識を再利用できるなら、それは強力な武器になる。だから、これからは「書き散らすだけ」じゃなくて「資産を呼び戻せる仕組み」を作っていく。それをやってみたいと思ってるわけだ。Evernoteのメモは5万件はあるし、Scrapboxは5000件、ブログの方にも3300日は毎日更新をしている。これらの文章を死蔵させるのは、かなり勿体無い。なんとかうまく使う方法はないかと思うところである。

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