
疲れてはいるがひとまずやるべきことをやる。
さてー。最近は絶好調だったけど、昨日はなんか疲れてたな。今も疲れてるんだけど、やっぱ週末になると疲れがどっと来るなーって思う。ここ最近、無理してたなーって感じるんだよな。最近、休日にずっと開発に突っ込んでるからリフレッシュする暇がなくて、また燃え尽き状態になっちゃってる。相変わらずの過集中で突っ走って、まあいつものネズミ花火のパターンである。この状態になると時間経過で回復するのを待たねばならぬ。
今考えるのは、その間にネガティブなブログを書いて自分のダメージを広げるのは避けたいなーって所だ。これも再現性のあるパターンだからね。今回はそうならないように気を付けようと思う。今週末はどうするかな。久々に北部にでもドライブに行って気力を回復させようか。本当は家でダラダラするのが一番いいのかもしれないけど、僕の場合、家でダラダラすると逆にストレスが溜まるんだよね。別に人と話して回復するタイプじゃないけど、家で何もせずに寝転がってるとストレスが溜まって、日曜日の夜にはサザエさん症候群でダメージ食らう。だから、ちょっとは動いてアクティブレストしようと思う。
それにしても、ブログの開発もやりたいけど、今週末はそれが難しそう。ニュースレターくらいは書くけど、いろいろやりたいことを詰め込みすぎだよなーって感じる。全力全開で突っ走ってるけど、ちゃんと活動と休息のバランス取らないとダメだなーって思う。こうやって消耗しすぎてダウナーに陥るのは、活動量に対して休息が追いついてない。
今は疲れてて、自己肯定感も非常に低い。自分がダメだと考えてる状態で新しいことを考えようとしても、ろくなことは浮かばない。こういうときは休むことに集中して、目の前のルーチンを片付けることだけやるべきだろう。これは僕独自の実践哲学のフォワーディズムの流儀であるが、考えても仕方のないことは考えずに、変更できる自分の行動にだけフォーカスを当てる。
メンタル的にテンションが下がってるときは、自分はダメだって感覚に陥ってる。だから、やる気が乗らないとき何故できないと考えても意味がない。こういうときは状況に身を任せて、テンションが低いなら低いなりでやりようがある。ダメだとか二度と戻らないとか、そういう感覚に溺れていくのはやらない方がいい。
自己憐憫は無駄である。それをしたところで前向きな行動は取れない。そういう無駄な思考にリソースを取られるよりは、日々のやるべきことをこなして前に進むのが大事かなと思う。どうしようもないときは目の前のできる行動にリソースを注ぐ。変えられないことについて悩んだって仕方ないし、やれることをやって結果を見ながら方向転換するのがマシっていうのが経験上そうだった。
自分が変えられる現実というのは思ったよりも少ない。運命も環境も、人間の力のみで変えられる変数は限られている。でも、自分の周りの環境を少しずつ改善したり、状況を変えたりしながら進んでいけば少しでも前に進める。それを信じて、現実を直視して愚直に生きることが、幸せな人生につながるんじゃないかなって考える。
人生クソゲーだなんて言ったりするけど、その中でも何か自分に与えられた役割があるんじゃないかと思う。ブログを書いたり、いろんな人と関わったりして、その中で自分にも社会において役割があるんじゃないかと考える。僕の考え方では僕の生きる理由を一言で表すと「お役に立てればよし」だ。自分が生きていれば誰かの役に立つこともあるし、自分の存在で誰かが救われることもある。そう考えながら前向きに生きていくことが、必要なんだろうな。
なんか妙に前向きなこと言ってるけど、人間は死ぬまでは生きねばならぬ。悲しんでも一生だし、楽しんでも一生だ。どうせなら少しはやりがいを持っていきた方が楽しい。自分の持ってるフォワーディズムでは、人生のコントロールできる領域を増やしていくことを目標とする。どうせクソゲーなら、それを楽しんだ方がマシだ。