三連休の今日このごろ、皆様におきましては如何お過ごしでしょうか? 僕はただただ家事をして空いた時間は寝るという、完璧に無駄な一日の過ごし方をしています。やることはないわけではないのよ。「騎士団長殺し」の第2部も読みたいし、基本情報技術者試験まで後一ヶ月切ったから勉強もしないといけないし、小説も書きたい。
小説は遅筆すぎるんだよな僕は。一つの作品に年単位で時間掛けるからな。しかもこれがオリジナルの作品ならともかく二次創作にだぞ? 短編でも一作品3万字以上は書かないと納得できる作品にならないから、みっちりと量は書く傾向がある。しかしながら、いくらなんでも一年に一作品しか出さない同人作家がwebで有名になれる訳がない。プロットは予め書いてあるんだけど、実際に書かないとどんな話になるのか分からないんだよな。筆が乗りまくって書いてる途中で主人公が変わってしまうことすらあるんだよね。今書いてる作品は結末は決まってるんだけど、中盤まで書いてきて初めて僕の中で主人公の目的が分かってきた。今回も結末が変わってしまうかも。
僕の場合、プロットはあくまでもこうなればいいなっていう願望である。こんな風な作品だと良いよねってプロットを作るんだけど、これが全く当てにならないんだ。書いてる途中で物語が動いてしまって、キャラクターが想像付かない行動を起こしたりする。新たな登場人物が出てきたりすることすらある。一応、きちんと結末がある物語を書こうとしているから風呂敷は畳む事ができるけど、これが説教臭くて自分でも辟易してるんだ。なにも考えずひたすらキャラクターが動くままに任せたら多分、いつまで経っても話が終わらない。いやさ、小説家志望のワナビはみんなこんな経験はしているんじゃないかな? 時間がいくらでもあるんだったらずっと物語世界に没頭していたいけど、時間が許さないから結末を無理やり付けてしまうみたいな。
作品にしようのない妄想みたいな物語の断片はたくさんあるんだけど、これを文章化して形にしないと人が読めるものにならないんだ。これが二次創作の形で噴出してしまうから困り物。いや、オリジナルで書かないと商品価値がまったくないんだけど、二次創作で面白そうな話が思いついてしまうのよ。一度、本気で設定を練り込んでオリジナルの長編を書こうとしたんだけど、キャラクターの設定が自由だからか分からんけど、設定が理解不能なほど複雑になった。学園モノのはずがSFチックになってしまった。
別に僕が統合失調症だからという理由ではないと思うんだが、妄想がコントロール不能なのよ。構想が現代劇で短編一発で終わらせるつもりが、何故か宇宙を舞台にしたスペースオペラになってしまい、宇宙開闢の謎まで推察してしまうハードSFの長編作品まで展開してしまうことが普通にある。僕が小説家になろうとかでファンタジー作品を書こうとしないのはこのためである。多分、僕が本気でなろうとかでファンタジーを書くと、一銭にもならないのにライフワークで書くような超大長編を書きかねない。なろうで好まれるVRMMOのファンタジーを狙い撃ちで書ける器用さもなくて、書き始めたら栗本薫のグイン・サーガの如き大作ヒロイック・ファンタジーになると思われる。これが読まれたら良いんだが、読まれなくてもしつこく時間を費やして書き続けるだろうなというのが想像に難くない。これは一銭にもならないのである。小説を書くんだったら色んなアイディアを作品にして公募で新人賞でも狙ったほうが賢明である。いい歳なんだからすこしは大人にならないといけない。
アイディアは湧きまくってメモは取っているんだよね。人と話しているときに頭の中では物語の妄想が湧いてきて、一人で三千世界を巡りまくっている事もある。朝のひとときに、一人の人間の誕生から死去までの人生の物語が脳裏を駆け巡っている時もある。これって結構、芸術家っぽくなくね?と思ったけど、執筆中も色んな可能性が頭の中をよぎって、作品のモチーフがブレまくってよく分からん方向に進んで困るんだよね。軽いコメディタッチで書こうとした作品が、人生を語るような重いテーマになってしまった辺りで、僕はアイディアが豊富と言うよりはただ不器用なだけなんだということに気がついた。
ちょっとした小ネタのつもりがやたら壮大な叙事詩編まで広がっていってしまう。これ自体は別に良いんだけど、これを文章化して作品にしないことには何の評価もされないからな。この妄想を文章化出来るなら別に良いのよ。書く時に伝わる表現に全くならないから困ってるんよ。ちょっと想像してほしいんだけど、凡人が宇宙の成り立ちを知ったからと言って他の人が納得できるような文章で解説できる?頭の中ではノーベル文学賞物の凄まじい物語が出来上がっているんだけど、実際に書いてみると全くの凡作なのさ。これは苛立つよ。
妄想を現実化出来る表現力が欲しい。割とマジで。