超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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僕は「コツコツ努力する」するの存外に好きですけどね。

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僕は「コツコツ努力する」するの存外に好きですけどね。


なんか、はてなの物書き界隈ブログスフィアで努力することに関するテキストが流れてきた。


anond.hatelabo.jp


goldhead.hatenablog.com


p-shirokuma.hatenadiary.com


fujipon.hatenablog.com


僕なんぞが言及するのもどーなんだろみたいな感じなんだけど、なんとなくこの話題は頭から離れなかったのでぼちぼちと今日のブログで取り上げる。


大体書いている人たちは社会的に地位が高そうな人だったり、大学で良い所行ったりとか、文章的な才能が半端なかったりとかで明らかに僕は位負けしてんなって感じなんですよね。ぼかー、別に大学は行ってるけどFランだし、社会的地位は障がい者雇用の下っ端のプログラマだし、文章的才能もさして人を感心させるような文章って書けない。ただ、しつこく粘着質にブログを毎日更新し続けてどーでも良いことを毎日毎日書き綴ってるだけの三下ブロガーに過ぎない。


なんか、齢30幾つかぐらいの年齢になってくると、20代の時みたいな、自分には社会的に成功できる才能があるんじゃないか?みたいな根拠の無い自信過剰は、現実に打ちのめされて自分の身の程が分かってくる。走り幅跳びのジャンブの頂点を過ぎて着地地点が見えてくるように、自分の人生の到達できる大体の立ち位置みたいのが分かってくるようになる。


世の中にはいわゆる「意識高い系」と呼ばれるような、自己啓発本を読み漁ってノウハウばかりを集めてそれだけで成功できた気になるような人種がいる。僕も、元々、自己啓発本ばっか読み漁って意識を高ぶらせて仕事ができる気になってる若者だった。だけども、ブラック企業で徹底的に叩きのめされて精神疾患まで発生させて入院までしてみると、そういうのは栄養ドリンクみたいなもので自分を高ぶらせる為に読むもんだったんだなーと悟った。


自己啓発系のノウハウというのは世間を歩いていれば我流で編み出せるもので、他人の書いてるもんは継ぎ足し継ぎ足し足したり薄めたりしながら現場で身体に叩き込まないと血肉にならない。僕は現場で叩かれながら生きるための術を覚えてきた人種なので、口先だけの小賢しいタイプが嫌いだ。書籍やネットから知識として得られた物事でも、実際に自分で思考したり文章化したり体験してみないと納得できない質ではある。ペラペラ口ばっかよく回るおしゃべりクソ野郎には「口よりも手を動かせハゲ」と罵倒することにしている。


だからまぁ、他人の経験して語られることについては理解することはできるけどそれを自分の経験のように納得はできない。精々、そういう事もあるのかと自分の経験に引き写して参照にするぐらいしかできない。他人の経験は知識として身につけることはできるけど、それを腹落ちさせようと思うと自分で実際に経験してみないとわからない。他人が言ってる事は参考意見程度だ。


結局なんだろうな。僕は知識で得られるものというのに納得できないと思っていて、実際に自分で体験したりなるべく1次資料に当たって考えたりとかそういう体験することでしか得られない経験値を増やそうと努力する癖がある。別に社会で成功したりとかそういうのは必要性を感じてないんだけど、自分で小説を書いてみたりとかイラストを描いてみたりとか、そういう自分の体験でしか得られないクオリアは自分自身でしか理解できない。作品の生みの苦しみだったりだとか、自分の作品を読んでみての面白さみたいなものは他の誰も知らない。


別に経験することは創作関係だけに限らなくて、毎日ブログを書いたり、週3回で筋トレしたりみたいな丁寧な生活のルーチンをこなして生活するクオリアというのが存外に好きでして、別に頑張ろうとは思わないけどそういう日々上昇しているような自己効力感が好きで毎日努力してしまう。


僕はさして他人と競争するみたいなものも好きじゃなくて、ちょっとずつ結果を積み上げてあとからそれを自分で眺めてニヤニヤするのが好きだ。スポーツでもバスケットやテニスみたいな他人と争う競技は嫌いだけど、マラソンや筋トレみたいな毎日自分を追い込んで記録をだすスポーツは好きである。ブログに関しても毎日更新で1000日以上書いているけど、毎日毎日着実に増えていく数字に快感を覚えている。


僕はまぁ、人生の中で見ることができる風景とかやってみることができる経験とかを増やすために努力し続けようと思ってます。さして成功する必要は感じないけど、努力それ自体が快感ってのはあるかもしれない。僕は全然成功はしてないし、障がい者雇用なんで将来的にも成功者になる見込みも全然ないんだけど、僕は貧乏でも丁寧に生活を送るのが好きだから毎日のルーチンをこなしてる。


結局なんだろう? 人生死ぬには早すぎるし、生きるには長すぎる。僕はまぁ人生すべての経験に価値があると思うんだけど、それを他人にうまく伝える文章って書けないなぁ。。

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