「令和元年の人生ゲーム」(麻布競馬場著)を読了した。
ここ最近は通勤途中のオーディオブックでの読書は「令和元年の人生ゲーム」を聴いていた。今日読了したので感想を書いておこうかなと思う。
こちらの「令和元年の人生ゲーム」については、前回の直木賞候補作であり、NHKで作者の麻布競馬場さんがインタビューに答えていたから興味を持って読み始めた。この作者についてはTwitter出身の作家であるらしくて、ネット小説で人気が出たので作品を出版社から出せるようになった作家であるとのこと。
内容は面白いなと感じたけど、結末が「これで終わり?」って感じだった。一種のビターエンドというか、実質的主人公の沼田君の真意なんかを考えるとすごく悲壮感がある感じなんだけど、シナリオ的にはどこにも辿り着かずに終わっちゃったなと感じた。
結構僕は、読んでる時は沼田君に感情移入してるところがあった。沼田君は、周りの主体性を持たずにそれでいて認められようと右往左往してる登場人物たちを皮肉でぶった斬り、新卒で入った会社の懇親会では「仕事が楽な総務部で首にならない程度の仕事をして、毎日定時で帰って皇居ランがしたい」などと舐めた口を叩きつつも、仕事では社長マターのプロジェクトで実績を残し新人賞を受賞するけど辞退する。そういう人を食ったキャラクターは、僕は共感してしまってすっごい好き。
これは内容的には浅井リョウの「何者」と類似してる感じというか、現代人の承認欲求や人生設計を扱ってる点では同じ感じの作品であるね。
僕は現代社会には「何者かになる」の呪い、というのが存在していると思い、生成AIのClaude君と議論しつつこのような意見を持っている。
麻布競馬場さんの「令和元年の人生ゲーム」でもおそらく、そういう問題について物語の力を使ってある程度の答えを出そうと考えていたのかと思うが、物語の結論の方を読んでみると、結局、沼田君は「何者かの呪い」の再生産を行なっちゃってるんだよね。本人が散々、馬鹿にしてきた意識高い系の呪いというのを抜け出すことができず、沼田君の自己実現をした結果というのは、呪いの犠牲者の本人と同じくどこにも行けない犠牲者を増やしただけ。
多分、そういう構造を含めて深読みするタイプの作品かなと思う。僕的には扱ってる舞台背景で使われてる装置が面白くて、大学でのビジネスコンテストとか成功したベンチャー企業の中の新人同期など、東京での意識高いキラキラ系の人たちの承認欲求の囚われというのが興味深かった。
僕的には、読んでいて意識高い系を徹底的に馬鹿にしてる沼田君に自分が共感してるのが面白くて、おそらく僕のような「アンチ意識高い系」をターゲットにした作品なんだなというのが分かる。それでいて結末では沼田君はドロドロとした意識高い系の海の底に沈んでいくので、そういう「滅びの美学」的なものを描写したかったのかなーと解釈してる。
この作品の描いてる構造というのはニーチェの言ってる「深淵覗き込むものは気をつけよ、その時深淵もお前をみてるのだ」で表現されてるものというか、「ミイラ取りがミイラ」的なものじゃないかなと思うんだよね。
沼田君が馬鹿にしてるのは、「何者」かになりたいけど自分の意思や意見を持つのは面倒で、キラキラ系の承認欲求を満たせる「何者」風の成功者のレールに器用に乗っかってる人たちである。沼田君はそういう人たちを徹底的に小馬鹿にする。それで本人はそういう連中とは徹底的に距離を取って安全圏から非難しまくってるつもりだったけど、ビジコンのリーダーの吉原君とのトラウマのせいで沼田君まで人間関係の呪いにとらわれてしまう。
こういうのって、結局、現代社会って、自由のように見えて他人からの同調圧力でガチガチに縛られて過去の時代よりも生きにくいから描かれる作品なんだろうなと思う。自分を強く持って真に自由に生きようと頑張ってみたところで、SNSなんかをみたら成功者が絶賛されていて、社会の網の目からは世界中どこに行っても抜け出せないのは息苦しい。
僕はそういうのは「実存が足りないから」というような表現をするけど、世の中をみるとどこまでも相対主義が溢れていて、その中でコンテストに勝ち続けようとしてもいつかはどこかで社会に負けてしまう。かといって、インターネットが発達した現代では、電波が届かない宇宙にでも行かなきゃ人間関係からは逃げられない。
沼田君は禅寺にも通って坐禅とかもしてたけど、ある程度本人もそういう社会構造というのは理解してたんだろうなーと思う。「何者かになりたい」という欲求から逃げ出したいと思うなら、徹底的に内面を掘り下げるしかないというか、自分自身の経験それ自体を強くフォーカスするマインドフルネスのメタ認知が必要なんだよね。
この作品を読んでいてなんだか僕は、僕自身の人生のことを考えちゃったよ。SNSが嫌いになってブログに引きこもってるけど、結局自分の書いたことを評価してもらいたい点では、SNSに巣食ってる承認欲求ゾンビと一緒だからな。そういう自意識のあり方を深く考えるタイプにはお勧めできる作品でした。