嫌な事あったので愚痴書いてる。
このブログ、ブログを書くことについて書きすぎなので別のネタを書こうと思う。どうも昔っから書くことについて書くというメタなネタばっかりをやってるんだけど、僕の偏見として、ドラマツルギーばっか語るワナビは大した作品を書かないみたいな感じで、ブログ論について語りすぎるブロガーもさして大成しそうにないと思う。
なんか、今日は機嫌があんまりよろしくないので面白い事も書けそうにない。僕は自分の母親は介護で面倒見ているけど、元から異様にだらしなかったりぐちぐち悪口ばっかり叩いたり性格が陰険だったりするので嫌いなのである。育ててもらった恩義はあるので面倒はちゃんとみている。でも元々嫌い。
別に嫁と母親が喧嘩したとかそういう訳でもないんですけどね、でも相当無神経な物言いをしているので、こっちがイライラしますよ。どうすんだって、どうしようもないんだけど、ほんとアホ過ぎて嫌い。
自分は一旦、人を嫌い始めると同じ空間に居るだけで虫唾が走るので、縁切れる相手だったらさっさと距離を置きますよ。自覚はしてるけど、嫌いな相手には死ぬほど冷淡なんですよ。自分のこういう所が嫌いなんだけど、性格の改善のしようもない。
しょっちゅう周りと喧嘩してばっかという訳でもないんですけどね。対外的な性格は比較的温和な方なんだけど、失礼な事を言われたりしてブチ切れると関係継続するのがめんどくさくなってすぐ見切り付けて関係切っちゃう。これで壊れた人間関係も少なくない。
んあー、嫌いな相手を考え続けるのも嫌なんですよ。ふとした拍子に昔言われた失礼な物言いとか思い出して、一人でイライラしている時の無意味さはうんざりしますね。たまに風呂入ってる時とかに嫌な思い出を思い出して一人で精神的自傷みたいなマネしてげんなりする事があります。
世の中ほっといても嫌なニュースばかりだし、わざわざ臭いものに鼻突っ込んで臭い臭いと連呼するのも阿呆くさいので、さっさと気分を切り替えて考えない様にしたいんだけど、こういう時にどうやって気分を切り替えるのか良く分からんのよねぇ。僕の場合だと、ブログ書いたりとかはストレス解消の方法なんで、一日の終わりにブログを書いて締めくくりにしているんだけど、今回のは結構とさかに来た。
まぁ、暗い日記を書いたりするのは間違いなく逆効果ではあるよな。ちょっと前にこんな事を書いた。
ヒマな人が日記を書かないほうがいい理由
日記を書こうとしても、特に何もやってないので過去をほじくり返し始める
過去をほじくり返して、いい思い出を思い出す人はまずいない
取り返しの付かない失敗や後悔していることなど嫌な思い出を思い出してしまう
結果、日記にネガティブなことばかりを書くことになる
自分の心の内面の黒いところを自分でのぞき込んで自分で吸い込まれていく…
どこで自分は人生を間違えたのか…
いかに自分がダメか…
精神的な自傷行為に走ってしまう
僕的にはこの理由は、「だからポジティブな文章でブログを書いた方がいい」みたいな理由です。
やることがない暇人は自分の暗黒面を掘り返し始めて恐怖のズンドコみたいな日記を書いちゃうもんなんですよ。大概、僕も無職で暇なときに書いた文章は中二拗らせた様な痛い文章を書き連ねていたんですよ。プライベートで誰も止めないもんだからトラウマ抉りまくりでメンタルヘルスをおかしくするような日記を書いちゃうんです。
別にブログでもマイナスな事書いている人いますけど、絶対止めた方がいいですよ。人間は話している言葉通りの人間になるという考え方もありますけど、わざわざ文章で書くと更に倍率ドンですよ。書いている文章は無意識に刷り込まれる効果もありますんで、ネットでネガティブな情報発信していると無意識に刷り込まれてリアルでも嫌な人間になります。
別に嫌いな人は嫌いで良いんだけど、嫌いな人の為に自分まで嫌な奴になるのは違うでしょうね。嫌いな人の事を考えている時は間違いなく心的エネルギーを浪費しているので、他に何も手が付かなくなる。だから人を恨むのってまったく何のメリットも無いよね。僕はわざわざ嫌な事をブログに書くときでも、ある程度ポジティブな結論で終わらせようとしている。
まぁ、親子関係みたいのはどこでも何かしら拗れてたりするもんですよね。親の業績受け入れたりするのって、結構、人生でも年齢行った後でしか出来なかったりするし、近すぎる人間関係というのはトラブルも起りやすいもんだ。親子関係で一番いい距離間というのは「スープの冷めない距離」とかもいいますし、ちっとは冷静に客観的に関係を見るようにせにゃならんでしょう。