超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

人生を広げるために新たな出会いも必要かな。

人生を広げるために新たな出会いも必要かな。


夏の甲子園がいよいよ佳境に入って、沖縄尚学が5対4で決勝に進出したらしい。僕は特段野球ファンというわけではないけれど、このニュースにはなんとなく胸がざわついた。というのも、沖縄において甲子園というのは、単なるスポーツイベントじゃない。もはや“夏の儀式”のようなものだ。


甲子園シーズンになると、県内の空気が変わる。特に沖縄代表校が決勝に進出するなんてことになれば、なおさらだ。昔から語られている有名な話がある。甲子園で沖縄代表が決勝戦を戦っている時間帯、那覇市を貫く国道58号線から車が消える、という伝説のような現象だ。まさかとは思うけど、でもどこかで納得してしまうくらい、沖縄の人々にとって甲子園は特別な存在だ。


僕自身、明日の試合は見てみようかなと思っている。といっても、買い物ついでに車のテレビで流し見するような感じになるだろうけど、それでも観ておきたい気持ちがある。やっぱり、夏の風物詩ってやつだよね。テレビから聞こえてくる金属バットの音、歓声、そしてあの独特なBGM。子どものころの夏休みを思い出させるノスタルジーが、そこには詰まっている。


沖縄の盆は旧盆だから9月にずれ込むことが多いけど、その頃に親戚が集まって、なんとなく甲子園を一緒に観ている、そんな風景も昔から馴染みがある。試合の勝ち負け以上に、あの空気感こそが「夏」そのものだったように思う。


最近は「趣味人」としての生き方を少し意識している。なんというか、時代に逆らうのではなく、今その瞬間に流れている風のようなものを、上手に楽しめるような大人でいたいと思っている。別に大層なことをするわけじゃない。親戚について行って船に乗り、沖釣りをして、釣った魚を刺身にして食べる。そんな他愛もない遊びが、思いのほか心地よかったりする。


僕は基本的にインドア派だ。何もなければ家にこもって、小説を書いているほうが性に合ってる。でも、だからこそ、たまにはアウトドアな活動にも足を突っ込んでみたくなる。本来の性分じゃないからこそ、新しい扉が開くかもしれないし、そこにこそ趣味の幅や人間関係の広がりがあるように思う。


この年になると、変なプライドや妙な自意識が薄れてくる。昔なら恥ずかしくてできなかったことも、今ならすんなりできるようになった。人と話すのも、それなりに面白くなってきた。特にDiscordなんかで声を交わすと、自分の思考が新たな方向に広がっていくのを感じる。ああ、こういうのも悪くないなって。


最近はまあ、オンラインコミュニティの使い方が鍵かなという気がする。リアルでの人間関係においては閉塞感あふれる状態になってるけど、利害関係が絡まない人ならそれなりに楽しんで話をすることができる。人間関係というのはどうしてもそういうところがあるよなーと思う次第である。


会社ではどうしても壁を作ってしまいがちだ。いろんな事情が絡んで、人との交流が面倒に思えることもある。でも、それ以外の場所、たとえば趣味の領域では、もっと自由に人と関われるはずだし、そこから生まれる何かがあるはずだと思っている。


だからこそ、あえてルーチンを崩してみる。押し入れの奥でずっと小説を書いているような僕だけど、たまには人の輪の中に飛び込んでみる。新しい人に会って、新しい刺激を受けて、自分の世界を少し広げてみる。そうやって人生を面白がっていくのも、悪くないと思う。


さて、明日の甲子園。たぶん車の中で観ることになるけれど、58号線が静かになるかもしれないその瞬間に、少しだけ身を任せてみようか。

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