
自分の思考が閉じることだけは怖いことだね。
はい、おはようございます。今日もブログを書いていきます。 さて、秋雨が続いてんな。全国的にどんよりしてるようだけど、沖縄は相変わらず30度近い。ほんの少し涼しくなってきたかなと思うけど、夜はまだクーラーをつけないと眠れない。寝るときに切ってみたら、汗をかいて寝苦しくて起きる。季節は進んでいるようで進んでいない。
日本は南北に長いし、地域によってまるで別の季節を生きてるようなもんだ。北海道の人はストーブをつけてるのに、こっちは半袖だ。そういう気候の幅広さが日本の面白いところだと思う。ブログを読んでると、寒い話題と暑い話題が混ざり合ってて、まるでひとつの国の中で別々の季節が同居してるような感覚になる。
最近はSNSを完全にやめてしまった。理由は単純で、腹が立つ情報をわざわざ見たくないからだ。喧嘩したい人は勝手に喧嘩しておけばいいし、自分は関わらない。SNSのタイムラインって、悪意や怒りを煽るような言葉が常に流れていて、あれに一日中晒されるのは精神に悪い。人の愚痴や攻撃的な意見を読むと、こっちまで気分が下がる。そういうのを断つだけで、かなり心が静かになった。
自分は他人を変えようとも思わないし、自分のやることに口を挟まれるのも嫌だ。だから、誰かの意見に合わせて振る舞うこともない。SNSの世界って、細かいことでいちいち絡んできて、マウントを取るか、論破するかのどっちかみたいな空気があって、ほんとに疲れる。ああいうのはもう自分には合わない。
ブログはその点で快適だ。自分の考えを整理して書くだけで完結する。コメントがつくこともあるけど、議論するつもりはない。誰かと張り合うために文章を書いてるわけじゃない。自分が感じたこと、考えたことを淡々と残す。それで十分だと思っている。
書くという行為は、自分にとっては思考の掃除みたいなものだ。頭の中を言語化して整理することで、ようやく落ち着く。SNSみたいに一瞬で流れていく言葉より、こうして残る文章の方が自分には合ってる。
ただ、SNSをやめて怖いのは「思考の閉鎖」だ。自分の好きな情報ばかりを選んで読んでいると、世界がどんどん狭くなる。フィルターバブルというやつだ。偏った情報ばかり入れていると、自分の考えが時代からずれていく。そうなるのが怖い。だから、新聞やNHKニュース、ラジオなど複数の情報源を使ってバランスを取るようにしている。特にラジオは、SNSにはない落ち着いた空気があるから気に入ってる。情報を浴びるんじゃなくて、ゆっくり受け取る感覚に近い。
SNSの過激な発言って、人工的な「超正常刺激」みたいなもんだと思う。強い言葉で人の注意を引きつけて、クリックさせて、怒らせて、アルゴリズムを回す。それに乗っかってしまえば、いつの間にか感情を操作される。そういう仕組みを理解してるからこそ、関わらないようにしている。
議論は本来、意見を交わして理解を深めるためのものだ。けれど今のSNSでは、相手を論破するための武器になってしまっている。そんなものに時間を使っても得るものはない。感情的に反応してしまう時点で、もう冷静な議論じゃない。だから、自分の感情が乱れるような意見は最初から見ない。それでいいと思う。
自分は昔からメンタルが繊細で、考えすぎると体調を崩す。だから、情報との距離の取り方は意識してる。静かに暮らして、静かに考える。その中で少しずつ思索を積み重ねていくのが自分のやり方だ。
書くことで心を整える。SNSの雑音を切って、自分のペースで世界とつながる。そうやって、気分のいい情報環境を作っていくのが、今の自分の生活スタイルになっている。