
苦しい時こそ趣味が重要だ。
さて、今日は休みであるな。午前中は病院に行って高血圧の薬をもらい、インフルエンザの予防接種を受けてきた。
今年もインフルエンザはなかなかの広がりを見せてるようだね。これで感染するとわりかし面倒であるし、医療費とのコストパフォーマンスを考えて、僕はワクチンは接種しておくのである。
あとは、自宅に帰ってきて諸々の家事をやったのち、近所のカフェでニュースレターとブログを書くという感じ。明日は食材の買い出しに行ってきて、サウナに入ってくる予定である。
最近は、精神的にもかなり無理をしてるのは明らかだからね。一人になれる時間が必要だと思う。一応、介護が必要なうちの母親は、ひっきりなしに一日中の介護が必要というわけではない。日中はテレビでも見せてれば静かにしてるし、夜間は心配だけど一人になれる時間もまぁあるという感じ。
色々と世の中を見てると世知辛いニュースも多いなーという感じ。僕はブログでは時事問題はあんまり語らないけど、どう考えてもこれからの世の中は生きるのが面倒になる。特に、介護やら障害者やらの福祉が必要な人には逆風が起きてるのが見て取れるなー。
一体、僕自身、今の世の中でどんな風に立ち回るのが正解かは分からんのだが、なんとなく体感で理解してることというのは、金のかからん暇つぶしの方法を持ってると人間はそんなには狂わないということだ。
人間は暇があるといろんなことを考え始める。社会を恨んでみたりとか、自分自身の内面を見つめすぎて拗らせたりとかだ。これ、やりすぎると自分の思考に毒が溜まってきて、社会に何らかのアクションを起こすより先に、自分が自家中毒で潰れる。
世の中の仕組みや権力者に怒りで持って、ちゃんと意見をすることは大事である。これが世間を変える世論になったりもする。しかし、それは自分が持続可能なアクションであれば有効であるということであり、自分の方が辛くなるような不満の持ち方では世の中の前に自分が潰れる。
僕自身、現状の自分の身の回りの状態であるとか社会のあり方に対して不満もありありなのだが、自分以外の他人を変えるにはエネルギーがいる。ましてや、それが社会のような大きなシステムの場合、動かそうと思うと途方もない力が必要。
昔、攻殻機動隊の中の草薙素子のセリフに「世間に不満があるなら自分を変えろ」というようなセリフがあったけど、完璧に世間に迎合して意見を持たないのも問題であるけど、システムを変えようと思うのなら、柔軟性を持たせた力が必要になる。
世間を変えるほどの力を持ちたいと思うのなら、怒りや不満だけでは世の中は動かない。感情のエネルギーというのは、一時的に莫大なパワーになるが、一過性であり過ぎ去ると虚しくなる。感情だけで他人を動かそうとすると、関係に軋轢も生み、それも余計に自分のリソースを奪う原因になる。
怒りや不満の感情がエネルギーを生み出したのなら、それをどのように活用して自分の理想通りに物事を動かすかの思考や知識が必要になる。例えば、人を救いたいという素晴らしい欲求を持ってたとしても、それがちゃんとした方法や知識を持ってないと、苦しんでる人と共に共倒れになる。
自分がやりたいと思ってることを現実に行動して実現するためには知恵がいる。それは時としてじっくりと機会が訪れるまで状況を待つこともある。特に、社会とか政治レベルの大きなシステムになると、個人の力というのは全く無力なほど小さい。そういう状況で自分の有利になるために立ち回るためには「待つ」ことが必要になる。
そういう時こそ、金がかからず没頭できる趣味というのが必要になる。僕の場合だと、それは創作だったりサウナだったりするのだけど、これが盆栽だろうが河原の石磨きだろうが構わないだろう。
人は暇になると考え始める。そして高ストレスの時にはどんなに冷静な人でもろくなことを考えない。そういう時こそ没頭できて時間を潰せる趣味が必要になる。僕はこれに関してはエヴァの加地さんがスイカを育てていたことなどを想起するのだけど、そういう実際の生産性とは関係のない趣味って、どうにもならない緊急事態の時こそ力になるよなーと思うんである。そして、そういう方法については普段からの種まきが必要だよなーと思う。