超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

書き続けるために今は吸収期間だねー。

書き続けるために今は吸収期間だねー。


最近よく考えるのは「長く遠くまで走り続けるための技術」だ。若い頃は勢いで突っ走って、根性で乗り切る、そんなことができたかもしれない。でも今はそうはいかない。体を休めないと翌週に響くし、無理をすれば燃え尽きてしまうリスクもある。だからこそ、計画的に休みを挟みながら進むことが大事だと思う。


そう感じたきっかけは、昨日の休日の過ごし方にある。映画「アメリカンスナイパー」を観て、その後は庭に除草剤を撒いたぐらいで終わった。休日なのに、どこか休日らしくない。でも遊びたいわけでもない。ただ、体を休めないと続かないという感覚が強くなってきた。勢いよくやりたいことを全部やる、そんな夢や希望に溢れた年代ではもうないのだ。やりたいことを一つひとつ絞って、目標を立ててコツコツ積み上げるしかない。


僕にとって今一番大きな興味は小説を書くことだ。ここしばらくは「名無しの幽霊と感情を忘れた君」を出版する準備に力を注いでいる。原稿は書き終えて製本するだけだけど、次に書く作品についても考えている。アイデアはあるのに、筆を進めるモチベーションが足りない。ちょっと燃料切れのような感覚だ。この状態で無理やり書くと、燃え尽きてまた長く書けなくなるのがわかっている。だから今は、Netflixで映画を観たり、小説を読んだりしてエネルギーを貯める時期だと自分に言い聞かせている。


ど根性で1万字ぐらいの短編をささーっと書き上げたらいいのかもしれないけど、書く気力がない時は全く書く気が起きない。アイディアのストックはいくつかあるし、来年の公募に向けて仕上げたい作品もある。でも書く気が起きない時は全然ぴくりとも筆が動かないんだよな。こういうのどうしたらいいのかよくわからん。


こういう時はいろんな作品を読んだり観たりするしかないんだろうなーと思う。結局、何かを書きたいと思うんであれば、創作エネルギーをストックしないとならないところがあるし、適切なインプットをしないとアウトプットもおぼつかない。アウトプットばかりだといずれエネルギーが尽きる。何かを書きたいと思う人は浴びるようにコンテンツを読まねばならぬのである。


昨日観た「アメリカンスナイパー」もその一環だ。淡々とした描写の中に戦場の緊張と人間の弱さが混じり合っていて、観終わった後もいろんな感情が残った。こういう刺激は創作意欲を呼び覚ます。だから最近はあえて映画や本に時間を使うようにしている。面白そうなライトノベルや、カクヨムなどの素人作品も読んでみたい。人が書いた物語に触れると、自分も書きたいという気持ちが少しずつ戻ってくるからだ。


それでも、やりたいことができないと自己評価が下がる。自分はダメなんじゃないかという劣等感も出てくる。そこがやっかいだ。でも、できないときは「できない時期なんだ」と割り切ることも大事だと思う。無理をして突っ走るよりも、創作の火が自然に灯るのを待った方がいい。火がつけば、燃え尽きるまで止まらないのはわかっているのだから。創作過集中とでも言うべきか、一度スイッチが入れば一気に短編2万字ぐらい書き上げてしまうこともある。ただ、そのスイッチを自分で入れるのは難しい。火薬がしけっているようなものだ。


突っ走り続けられる時期はもう過ぎた。だからこそ、休み休みでも止まらずに進むことを意識したい。歩くペースであっても、立ち止まらなければ前に進める。創作のエネルギーをチャージしながら、やれることをやり、感情のバランスを整える。今の僕にとって大事なのはそこだと思う。焦っても仕方がない。今は夏枯れの時期かもしれないが、また火がつく日が来る。その日まで、できるだけ穏やかに、でも確実に歩を進めたい。


P.S. note書いたよー。


note.com

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