
始めること・続けること・やめないこと。
今日は日曜日であるな。これを書いてる時間は19時ごろである。今日は午前中は家でダラダラと趣味のプログラミングをやって、夕方は母親の病院に見舞いに行き、今日は機嫌が悪いからイオンで外食してきた。
なんだろ、そこまで気分はよろしくない。なんか、脳が調子悪い系だな。色々とぐるぐるモヤモヤと反芻思考してる感じであり、嫌な思考が循環している。
風邪については風邪薬を飲んで長寝をしてたら、それなりに調子は良くなった。しかし、フィジカル・メンタル的に不調は続いている。
気分が悪い時に「気分が悪い」と連呼したところで何も変わりはしない。なんでまー、気分の改善をしたいと思うのなら、認知か行動にアプローチをするしかない。僕の場合は、気分改善用のコーピングリストを用意してあるので、テキトーにその中から外食を採用して飯を食ってきた。
脳の調子が悪いときは、特に理由がないけど機嫌が悪いのである。そして頭の中のぐるぐる思考は過去の嫌な記憶を再生して、余計に気分を落ち込ませる。僕はメタ認知でこの機能の動きについては把握はしてるんだけど、それでもぐるぐる思考のダメージは軽減できないのである。
世の中には色々な気分を楽にするテクニックとか色々あるじゃん。たとえばマインドフルネス瞑想なんかも、全ての悩みから解き放たれて悟ってしまうみたいなイメージを持たれがちだけど、実際のところはぐるぐる思考が発生してることを認知して、そこに解釈を加えたりとかはできるけど、思考のせいで身体に不愉快な感覚が及んでる場合は効果がない。
こればっかりは時間経過を待つしかないかなーという感じ。おそらく、ここ最近の風邪気味の症状の悪影響が残ってるんだと思う。そろそろ季節の変わり目であるしね。季節の変わり目で天候とか気温が変わると体の調子を崩しやすい。
まぁ、日曜の夜であるけど、今日はブログが終わったら皿を洗い風呂に入り、書いてる途中の「神とストゼロと女騎士」の小説をちまちまと書いて寝てしまおうと思う。常々思うのだが、週休二日というのは明らかに休みが足りない。40代にもなると体の回復のために休みが一日必要であり、趣味のことまでやろうと思うと時間がない。
僕は趣味の小説執筆をたくさんやるために体力が欲しいなと思う。平日の夜でもひとまずは無理をおして趣味の活動とかやったりしてるけど、おっさんはもう夜は疲れ果ててぐっちゃぐちゃである。
陳腐な言葉であるけど、「やまない雨はない」。永遠に体調が悪いのも続かない。ここ数日はダウナー状態で推移しているが、適切に生活習慣を維持しつつ休憩を増やしていけば良くなるんじゃないかと思う。
結局のところさ、完璧に体調が万全な状況で仕事やら趣味をやろうというのは、無理なことなんよ。これは世の中の人類全てがそうだと思うんだけど、何かの物事を成し遂げてる人というのは、こんな気分の好不調なんざはあんま気にせずに、「やらないといけないからやる」という姿勢で習慣でやるべきことを実行したからできている。
モチベーションの高まる時期とか、体調が万全な時にやりたいことをやろうということで、日々の生活の中でやりたいことを我慢してると、いつまでもその作品は完成しない。
僕が考える、やりたいことを成し遂げるための唯一の方法は「始めること・続けること・やめないこと」である。よく自己啓発本で色んなちまちまとしたライフハックなんぞが書いてたりするけど、全部小手先の技だ。人生で成功したいと思うのなら、自分のその手でやりたいことを実行するしかない。
むしろ、自分がやりたいことができない理由を外部に求め始めると、言い訳が上手くなって手が動かなくなる。「時間がない・金がない・才能がない・モチベーションがない」。全部言い訳だ。
僕は特に小説執筆などの創作を対象として言うけども、一日1行でも続けて書いていれば、いつかは必ず作品が完成する。自分が理想とする作品を作るためには、まずは自分の手で最初の一語を書き込むしかなく、そして書き始めた次の道筋が見える。
あと、これにそれっぽい理屈をつけるのであれば、短期的には「作業興奮」そして長期的には「内発的動機づけ」と言う心理学の用語で説明がつくことではないかと思う。
僕の意図を単純化して説明すると、手を動かし始めれば次の展開がわかるようになる。そしてある程度作品を書いてる分量が溜まってくると、そのログを無駄にしないためのサンクコストが作品を書くモチベーションとなる。無論、両方ともやってる本人が楽であるとは限らない。葛藤しつつモヤモヤしながらもやり続けるエネルギーにはなる。
ただまー、世間世の中で「創作は楽しいことばかり」と言うような言説に騙されて、小説を書いたりすることが楽しいだけだと思う人も多いかと思うけど、「苦しいけど楽しい」のである。精神的にきつい時に作品を書く燃料を捻出するのは単純に苦行だし、最後まで辿り着くまでは本当に命を削る行為だ。
だけど、苦しい苦しいが楽しくなってくるんですよ。「何言ってんだお前はマゾか!」とツッコむ人もいるかもしれんけど、はっきり言って創作が楽しいと言ってる人はどっか壊れてないとやれないんすよ。アスリートが限界を超えた先にある何かを見ようと言うのと似た考え方で、自分の内心を究極まで掘り下げたのちに何が出てくるのか、作者自身も知りたいんである。
僕が「芸術とは何か?」と言うのに答えるならば、「自分の狂気を飼い慣らし、他人が見てもわかる形式にする」と言うことである。狂ってないと人間の想像を超えるなんてできないし、自分の限界の壁も壊せない。安全圏の中で平穏な人生を送りたいと言うのなら、その領域には近寄らない方がいいし、多分興味もないんだろうなと思うがな。
最後に一言で締めるなら「死ぬ気でやれよ。死なないから」。ちなみにこの文章全般は根性論であるが、自分でやる根性論は好きであるけど、他人に強要するやつは蛇蝎のように嫌ってる。僕はこう言う考え方で生きていると言うことだ。